ワインでは醸造初期の雑菌の繁殖を防ぐために硫黄を使いましたが、日本酒 では硫黄は使っていません。日本酒の酒造りではどうしているのでしょう? その秘密は日本酒醸造の最初の段階で造る「酒母」(酉元)にあります。
日本酒は、本格的な醸造に入る前にある程度、麹、酵母、乳酸菌を繁殖させ た状態のもろみを造ります、これを「酒母」(しゅぼ)または「酉元」(当用 漢字にはないのですが、これ一文字で「もと」と読みます)と呼んでいます。
この「酉元」の作り方によって現在の日本酒は「生酉元」「山廃」「速醸」 の三種類に分けることができます。 この中の「山廃」も「速醸」も「生酉元」から派生した、より簡易な作り方 ですので、今回はとりあえず「生酉元」を例にとってお話を進めていきたいと 思いますが「生酉元」の製造過程は非常に複雑な為、今回は雑菌の繁殖を如何 に止めているかという点に絞りたいと思います。
1-酉元立て--仕込みです、蒸米と麹と水を等量に6つの桶に分けて仕込みます。
2-手酉元----仕込みから5〜6時間してから、米を軟化するためにかき混ぜます。
3-山卸し---仕込みから15〜20時間してから櫂を入れて酉元をすり潰します。
4-折り込み-最後の山卸しから3日ぐらいして、桶二つを一つにします。
5-酉元寄せ-さらに桶を混ぜていき、最後に一つの桶にします。
6-打瀬-----「酉元寄せ」から温度を上げるまでしばらく低温で櫂入れなどを しながら5〜6度の低温で寝かせる期間を「打瀬」といいます、この期間は、低 温で雑菌の活動を鈍らせるとともに、硝酸還元菌や乳酸菌を繁殖させる期間で す。水に含まれている硝酸塩を産膜酵母やアクロモバクターと呼ばれる硝酸還 元菌が亜硝酸に還元、これが酵母に毒性を持っているので、乳酸が充分に生成 されていない間に酵母類が増殖するのを防ぎます。
そして、亜硝酸が酵母の増殖を抑えている間に乳酸菌が増殖して、乳酸を発 生、今度はその乳酸によって硝酸還元菌の類が死滅して、目的とする酵母(醸 造用の酵母は乳酸に強いのです)以外の菌が繁殖できない状態になります。
さらに酵母の増殖を抑制していた亜硝酸は増加してきた乳酸の酸性で遊離 NO2ガスとなって空中に発散したり、アミノ酸と結合して窒素となって発散す るので、どんどんと消失していきます。 こうして、醸造用の酵母だけが繁殖できる完全な環境が出来上がりるので す。
このような複雑な微生物の操作を確実に行うために、日本酒は厳寒の季節に 造られ、さらに湯を入れた「暖気樽」と呼ばれる一種の湯たんぽで微妙な温度 調節をすることで、それぞれの菌の繁殖に適した温度に操作します。それが先 の行程の後にくる「初暖気」から始まる「暖気操作」です。 そして、このような(暖気操作と呼ばれる)温度管理で選択的に菌を繁殖させているのです。
こうした複雑で理にかなった方法はまさに芸術的といってもいいでしょう。
現在日本酒業界で主流となっている速醸酉元はこの最初の段階の乳酸が生成 されるまでの過程を省き、純粋培養で造った乳酸を人工的に添加してやる事で 酉元づくりを簡易なものにしているのです。
それでは、手抜きだから、高級酒は生酉元で造ればいいではないかと考え勝 ちですが。残念ながら、こうした生酉元の技術を継承している人は現在では少 なくなってしまっていますので、本当に良質の生酉元造りの酒を造ることは至 難の技になっています。
また、もし、失敗した場合は蔵の中が不良な野生酵母で汚染される心配も多 々あるという事情から、失敗の少ない速醸酉元で出来るだけ良い酒をつくろう という方向が現在の清酒業界の大きな流れなのです。
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